ストーブの中の炎を見つめていた。
ベッドに寄りかかり、ぼーっとし始めてからどれくらい経っただろう。右脇に置いていた携帯電話を手に取り覗くと、デジタルな数字がちょうど変わり今が3時であることを教えてくれた。
しんと静まり返った部屋で、ごうごうと燃えるストーブの炎だけがうるさい。
もういい加減眠くてさっさと意識を落としてしまいたいのに、布団の中の冷たいシーツの感覚を思い出すとどうしても体が重くなった。
うとうとと瞼が下りてくる。あぁ、まずい。と意識の遠いところで思った。
つい先日もそうしてストーブの前で眠り込んで結局体のあちこちを痛くさせ風邪を引いたばかりだった。けれど睡魔の力はえてして強い。
結局眠気に抗えず意識を手放そうとしたその瞬間だった。手の中から落ちかけていた携帯電話がふるふると振動した。
はっと驚き慌ててボタンを押す。
「おーい、獄寺ぁ?」
どうやら押したのは通話ボタンだったらしい。携帯電話から聴きなれた間抜けな声が届いて俺は思わず溜息を吐く。
何があったか知らないが、こんな真夜中に電話をかけてくるなんていくら山本が馬鹿でも非常識すぎる。しかもワンコールで電話を取ってしまって、まるで電話を待っていたみたいじゃないか。
「あ。」
気付くと俺は電話を切っていた。山本は少し寝ぼけていたようだからこのままもう電話はかかってこないかもしれないな、と思う間もなくもう一度電話が震える。
今度はきっかり8回震えるのを確認してから通話ボタンを押した。
「なんだよ」
と思いっきり不機嫌な声で山本を迎える。
「あ、獄寺。今電話切った?」
「いや、別に。知らねぇ。」
「そっか、ならいいんだけどよー。」
そう言ったきり山本は黙りこんだ。こんな真夜中に電話をかけてくるなんて何かしら用があったはずなのに、一体なんだというのだろう。
「なんか用があるんじゃねぇのかよ。」
まさか電話をつないだまま眠られても困るからそう聞いてやった。あぁうん、と言葉を濁す山本にまたイラつきを覚える。
「獄寺今何してた?」
「・・・・・・寝てた」
「そっか〜わりぃな起こして、ハハ。」
寝ていたというのは半分嘘だったけれど。
ぼーっとしていたと言うのも色々また聞かれそうで咄嗟に寝ていたと答えてしまった。なんとなく後ろめたいのはどうしてだろう。
山本はさして気にもしなかったのか、そのまま言葉を続けた。
「いや、トイレ行きたくて目が覚めたんだけどよ、さみーんだろうなと思うと布団から出れなくて。」
「はぁ?」
改めて、こいつは本物の馬鹿だと思った。いくら寒いからって俺に電話をかけたところでトイレに行きたくなくなることも暖まることもないのだから。
「勝手にさっさと行けよ!」
「ハハ、そうすっか。」
そう言ってやると布団から這い出したのか、かすかに衣擦れの音が聞こえる。
「獄寺に喝入れてもらったら行けるかと思ってよー。んじゃ、ちょっくら行ってくるから待っててな。」
さすがにトイレにまで電話を持ち込むことはしないらしい。固い何かとぶつかったような音の後にまた静けさが広がった。
睡魔はまだすぐ傍にいた。思い切って足に力を入れる。体をベッドに移すと布団の中に潜り込んだ。冷たい。ずっとストーブの前で暖気に当たっていたというのに驚くほど足先は冷えていた。思わず身震いをする。
「うわ、冷てっ!」
一瞬、声に出したのかと思った。
けれど聞こえてきた声は自分のそれより大分間抜けで、つまり枕元に置いていた電話から届いた山本のものだった。部屋が静かなせいで電話を耳に当てなくとも山本の声がよく響く。
「ちょっと離れてただけなのにもう布団が冷てぇや。・・・・・・なぁ獄寺。」
「なんだよ」
少しでも体を温めようと体を折り曲げる。足先をこすり合わせると少しだけ血が通ったような気がした。
「お前さっき本当は何してた?」
少しの間に一つ真面目になった声色に少しだけ身構える。
「・・・・・・あぁ?」
「さっき、電話したとき。寝てなかったんだろ?」
「・・・・・何で。」
「何でってそりゃあ、ワンコールで電話に出たから。」
うっと喉が詰まる。考えてみれば俺が山本からの電話に飛びついたことなど一度もなかったのだから怪しむのも当然かもしれない。
「別に、ぼーっとしてただけだ。」
後ろめたいことはなにもない筈だった。大した嘘をついたわけでもないし、山本に嘘をついたらいけないなんて道理もない。
なのに、山本の一言一言が俺の心の奥まで見抜こうとしているようで、少しどきどきしてしまう。
「・・・なんか・・・、」
山本ももう眠いのか、言葉と言葉の間に間隔が生まれる。その間に俺も睡魔をまた呼び戻そうとぎゅっと目を瞑った。
「昨日も一昨日もお前と一緒に眠ったから、一人で寝んの淋しいや。さみぃし。」
そう言う山本の言葉はすねた子どものようでまるで真実味がない。俺はそれでなんだか力が抜けてしまった。
昨日も一昨日も、そして実は一昨日の昨日も俺は山本と同じ布団で眠った。ほとんど成り行きのようなものだったから、道徳的に後ろめたいことは何もなかったし深い意味もない。
ただ少し、その温もりを覚えてしまった悔しさだけを持ち帰らされただけで。
「・・・・・・俺は淋しくもないし寒くもねぇ」
「またまたぁ。俺が布団暖めてからじゃなきゃ入って来なかったくせに!」
「・・・・・・切る。」
「ハハ、ちょっと待てよ!あのさぁ・・・・・・」
次に続く言葉を待つ間に、ゆっくり瞬きをした。目を閉じても開けても目の前は真っ暗だった。今の俺を取り巻く空間の中で光っているのは、ストーブと携帯電話だけだろう。
「起きててくれてサンキュな」
「・・・・・・は?」
「いや本当言うとなんか寝付けなくてよ。でもお前の声聞いたらなんか眠くなってきた。」
「・・・・・・そうかよ。」
先ほどとは打って変わって妙に神妙な声で山本が言った。自然と口元が緩む。
本当は、俺も淋しかった、のかもしれない。淋しい、というより暖まっていない布団に入るのが久々だったから、余計に冷たさが恐くなっていたのかもしれない。
絶対にこんなこと、口には出さないけれど。
「やまもと」
「ん?」
とろんと意識が溶けていく。睡魔が目の前まで来ていた。
「・・・おやすみ」
ふっと受話器の向こうで山本が笑うのがわかった。もしかしたら俺の考えていたことを見抜かれてしまったかもしれない、と思いながらもずるずると睡魔に引きずられていく。
「おやすみ。」
山本が返事をするのと同時にプスンと音を立ててストーブが消える。
だけどもう、寒くなかった。
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ほのおの在りか
(2006.3.24)
獄寺は冷え性。でもその前に獄寺はエアコン派なイメージです(・・・)