許されないから、望むんじゃない。
許されないから、燃え上がる恋なんかじゃない。
ただただ、想っていただけだった。ずっと傍に居られればいいと望んだだけだった。
なのに、どうして俺たちは一時傍に居ることさえ許されないんだろう。
「悪いけど、ここから先は女性限定ですので。男性だけじゃ入れないんです。」
紺色の風格ある衣装を纏った、その割に威圧感のない中年の男性が俺たちに声をかけた。
夏休み真っ只中の、息をしただけで汗が流れるような暑い日だった。声をかけられて俺は隣にいた綺麗で茶色く柔らかいの髪の毛をもった、恋人、不二くんを見やる。
同じタイミングで不二くんも俺を振り返ったのかさらっとなびいた髪を耳にかけなおすとふわっと俺に向かって笑顔を見せた。
「・・・わかりました。ごめんなさい。」
そのまま向きなおし、軽く警備員に謝ると、不二くんは何の抵抗もせずに警備員の禁止したブースから体を出した。俺はそうすぐには切り替えられずに一人境界線から出ようと動くことができなかった。
ふっと警備員を見ると、睨まれたと感じたのか一瞬怯む。
そんな様子の俺に慌てたらしい不二君が俺の腕を掴んで引っ張った。
「どうしたの?行こうよ。」
(慌てるくらいなら、止めるなよ。)
そう警備員に文句言いたいのをぐっとこらえて俺は不二君にひっぱられるままに境界線を越えた。だって不二君を困らせるわけにはいかないから。
店を出ると不二君は俺の腕を離した。俺の体は自由になったけど、おとなしく歩き出した不二君の後をついて行く。
中々隣に来ない俺を不思議に思ったのか不二君が振り返った。
「怒って、るの?」
まさか、と言いかけてやめた。
決して怒っていたわけではなかったけど、本当のところ抱いていたのは怒っているよりも悪い感情だったからだ。不二君には意地でも聞かせられない。
俺は、悲しかった。
ちょうどおとつい。お互い部活の練習を終えた後俺たちはお馴染みの公園で話していた。誰もいない夜の公園はちょっとした逢引にはちょうどいい。
ブランコをそよ風程度に揺らしながらしていた会話が途切れた一瞬、
「あさって・・・僕らが初めてキスしてから一ヶ月だ」
そう不二くんが言った。
正直俺はそんなこと覚えていなかった。覚えるも何も、そんな日を意識した日すらなかった。だって今の不二君を見つめるのにいっぱいいっぱいで最初の頃なんて思い出す暇がなかったから。だけど不二君に言われて考えてみるとそういえば初めてキスしてからもう一ヶ月も経つ。
「何か、記念をしようか」
自分は気付かったのに、不二君は気付いてくれた。その嬉しさと罪悪感から努めて明るくそんな提案をした。
じゃあ、何をしようか。と言い出してから俺がその願いを不二君に告げるまでにさして時間はかからなかった。
その少し前まで一緒に練習をしていた南の携帯電話にそれが貼ってあったことはその日の俺にはけっこうな衝撃だったから。
「プリクラ」
なんてどう?と最後までは、拒否されるのが恐くて言えなかった。
単語だけでも意味は伝わるだろう。もしも抗議の声が上がったら南の携帯に貼ってあったのを思い出しただけだ、と俺が流してあげればいい。
写真は撮られるよりも撮るほうがすきだと言っていた。付き合いの短い俺でも知っているし、プリクラなんて尚更恥ずかしい。あれは女子のものだという認識がどうしても付きまとう。男同士でプリクラなんて撮った奴の話を聞いたこともない。
「うん・・・」
だけどそんな俺の考えに反して、不二君は否定しなかった。
「そうだね、プリクラ。たまにはいいかも」
優しく笑う不二君に、俺はそのまま口付けた。
「あー残念だったね」
怒っているか、と投げかけられた質問を無視して俺は不二君に笑いかけた。
それで充分だろう。俺がどんな気持ちを抱いていたって、俺も不二くんも微笑んでいて、これからの俺たちに影響がないのなら不二くんはそれ以上気にしない。
抱く気持ちの話は、今はマイナスにしかならない。なんで、不二君はそんな冷静なんだって、そう言いたくなってしまうから。俺は、こんなに空しいのに。
晴れた空に、俺の心だけが空回っていた。不二くんはもう仕方ないから他へ行こうと頭を切り替えている。
そうだよ、本当に。そんなに気にすることじゃない。
ゲームセンターのプリクラのブースに男は似合わないなんてことは俺だって知っている。
だけど、だからって。追い出すことはないじゃないか。と、どうしても反感をぬぐえないのだ。意地になる必要なんてないのに、拒否されたことが悔しくてたまらなかった。
悪いことを、しようとしてたわけじゃない。確かに男だけでプリクラのブースにいることは問題も増えるのかもしれないけど、そんなの俺と不二君には関係ない。俺と不二君には。
そんなに、俺と不二君が一緒にいちゃ悪いのかよ。
「ねぇ千石君」
他のゲームセンターを見つけて俺たちはその入り口をくぐった。どうやらそこはさっきみたいに追い出されることはなさそうだ。
「僕と撮ったプリクラどうするの?」
プリクラのブースを目指しながら不二君が訊いた。
「そうだな〜どうしようかな。」
携帯の裏にでも貼ってやろうか。それとも不二君の体中に俺のもんだぞ、って威嚇の意味で、貼ってやろうか。さっきの警備員にやるんでもいい。
「不二君はどうするの?」
機種を選んでのれんをくぐながらそう訊き返すと不二君はふっと笑った。
「きっと、ずっと大切にするよ。」
「…うん、」
俺はなんだか暑さと、さっきの苛立ちと、不二君の笑顔に、くらくらきてしまった。
誰からも見えないのをいい事に、さっと不二君の手をとる。一瞬驚いたような顔をしたけれど、不二くんはそれを咎めたりはしなかった。
ねぇ不二君。
俺がキスする瞬間をプリクラに撮ろうって言ったらどうする?
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僕らの境界線
(2006.3.20)
(2006.7.20 改稿)